大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)4683号 判決
第一 差止請求について
一 請求原因(一)、(二)項の事実および(三)項のうち訴外両会社が原告の重要な取引先であるとの点を除きその余の事実は当事者間に争いがなく、右除いた部分の事実は原告代表者本人尋問の結果によつてこれを認めることができる。
二 そこで、原告意匠が被告の本意匠および類似意匠の一ないし三に類似するか否かについて検討する。
まず、両者には請求原因(四)項の(1)および(2)で指摘するような相違点があることが明らかである。
しかるところ、一般に、意匠の類否は普通の需要者の受ける印象を基準として、当該物品の目につきやすい部分の外観の相違に重点をおいて全体的に観察し、もつて総合的に判断してこれを決すべきである。そして、右のような基準によると、被告の本件各意匠の主要部は人が階段を昇降するさいに目に映る(イ)金具の鉤型部と薄凹状部のうち凹部を除く両端部(すなわち、正面図と平面図のうちの上下両端の部分)および(ロ)条帯の上部(すなわち、平面図のうちの上下両端の部分を除く部分)であるから本件においては右部分を中心に両者を比較するのが相当である。
そうすると、本件においては前記両者の相違点のうち右に指摘した(イ)(ロ)の部分以外の部分の相違点は一応捨象して検討すべきこととなるが、それでもなお両者にはことにその(ロ)条帯の上部において顕著な相違が認められる。
すなわち、被告各意匠の条帯の上面には適当な間隔を置いて<省略>形の溝が複数個穿たれているが上面そのものは平坦(断面一直線)で、被告の三つの類似意匠はいずれも右の点で被告の本意匠と共通であるからこそ類似意匠として登録を受けることができたと思われるのに対し、イ号物件における原告意匠の条帯上面は中央に一個の凹形の溝が太く穿たれこれが特に看者に強い印象を与えるとともに、その前後に頂点が鋭角をなす山形の突状線が三ないし四本形成されており、上面は決して被告各意匠のように平坦(断面一直線)ではなく、溝の前後は隆起した突状線(断面二つの山形)を形成しており、以上の点だけをみても両者は明らかに意匠的見地からする印象が異なる。
したがつて、両者は類似しないと解すべきである。そして、このことは成立に争いない甲第七号証の一、二によつて認められる原告の請求原因(四)項の後段(「なお、」以下)の主張事実によつても十分裏付けうるところである。
右の見解と異なる被告の類否に関する主張(被告の答弁四の(二)の主張)はその観点が概括的に過ぎ相当でない(階段を昇降する通常人が必らずしも一々階段のしかも辷り止材部分を注視するものでないことは明らかであるが、そのことを強調すれば被告の各意匠権の存在価値自体をも否定することになる点にも想到すべきである。)。
三 したがつて、イ号物件にかかる原告意匠は何ら被告の各意匠権を侵害するものでないこと明らかである。
しかるに、被告は前記のように右事実に反し、原告のイ号物件の販売が、被告の有する類似意匠の一を除く各意匠権を侵害する旨の通告を原告の重要な得意先である両会社に送付したもので、右所為は原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を陳述、流布したものにほかならず、原告はこれにより少くとも営業上の利益を害せられる虞あるものと認められる。
なおまた、本件においては原告と被告とは競争関係にあると解するのが相当である。すなわち、本件においては被告が個人として原告と同じ建築用資材の製造販売を業としているとの点については本件全証拠によるもこれを認めることはできない。しかし、成立に争いない乙五号証と被告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、かねてより被告が代表取締役となつて主宰する株式会社山路産業なる会社があつて、同社は原告同様大阪市内に住所を有し、原告と同じ建築金物材の製造販売を業としていることおよび右訴外会社は実質上被告が個人で経営している会社であること(なお、訴外会社が被告の氏をそのまま商号の主要部に選定していること参照)を認めることができる。そして、このような場合、被告は前記訴外会社の営業上の利益不利益をそのまま個人のそれとして受取らなければならない立場にあるのであるから、その限りにおいて被告は訴外会社と実質上同一の立場すなわち原告と競争関係にあると解するのが(少くとも不正競争防止法一条一項六号の適用に関しては)相当である。
四 そうすると、被告の前記所為は、原告所論のように原告の人格権を侵害するものであるかどうかは暫らくおき、不正競争防止法一条一項六号に該当する不正競争行為であること明白であるから、原告は右法条に基き前記虚偽事実の陳述流布行為の差止めを求める権利を有するものということができる。
なお、原告は差止請求の根拠として人格権の侵害と前記法条違反を右摘記の順で主張しているけれども、弁論の全趣旨によるとその訴旨は両者の判断順序にこだわらず選択的に主張しているものと解されるから、ここでは前者の主張の当否については判断をしない。また、原告はこのことによつて何らの不利益を受けるものでもない(原告の請求の趣旨1項の文言末尾の「原告の前記階段辷り止めの製造販売行為を妨害し(てはならない。)」とある部分は、一見すると、不正競争行為差止請求の場合には認め難く、人格権侵害の場合にはじめて認めうるより強力な請求部分であるかのように思われないではないが、当裁判所は右の部分は単にその前部にあるような被告の所為の結果を記載したものに過ぎない余事記載であると解する。)。
第二 損害賠償請求について
一 被告の前記不正競争行為が不法行為法上の違法行為であることは多言を要しないところであり、また右違法行為の態様からすると、本件では特段の事情がないかぎり被告には右違法行為をなすにつき過失があつたと推認することができる(本件において過失の存在を推認する事情としては、前示のとおり係争の本件両意匠の非類似性がかなり明瞭であることも参しやくすべきである。なおまた、成立に争いない甲二ないし四号証によると、被告の違法な警告文書は代理人弁理士の名においてなされていることが認められるから、もしこのような場合被告の注意義務の程度は代理人弁理士の一般的注意能力をも参しやくして決すべきものであるとすればなおさらである。民法一〇一条一項の趣旨参照)。
なお、原告は、被告が前記違法行為に及んだについては極めて悪質な故意または悪意が存した旨強調しているが、本件では右主張を裏付けるに足るほどの確証はない。
しかし、いずれにしても、被告は原告が被告の違法行為によつて蒙つた損害を賠償する義務がある。
二 よつて、すすんで損害額について検討するに、原告の主張によれば、原告は財産上の損害を主張せず専ら信用失墜等による無形の損害を主張しているものであることが明白である(法人といえども金銭評価が可能なかぎり民法七一〇条によりこのような無形の損害の賠償を請求することができることにつき最高裁判所昭和三九年一月二八日判決民集一八巻一号一三六頁参照)。
そこで、右の主張に照らし本件事実関係をみるに、前掲甲二ないし四号証、成立に争いない同五号証、証人渋谷光夫の証言、原告代表者、被告(一部)各本人尋問の結果によると以下の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。すなわち、
(一) 原告は古くから建築金物製造販売業を営んできており、当業界では中堅的地位を占める老舗であり、月虎金属株式会社および森岡株式会社はいずれも古くから原告の最大の取引先であつた(昭和五二年当時の原告の両社に対する階段辷り止め販売量は全体の六、七〇パーセントに及ぶ。)。
(二) 原告は昭和五二年四月頃からイ号物件を新製品として売り出したところ、その矢先である同年七月二六日頃被告から前記のような虚偽の事実を記載した通告書が原告および前記両会社に送達された。
(三) このため前記両会社は右通告書の内容の真偽は別として、自社の信用上、イ号物件の仕入を一応見合わすほかなくなり、原告に対しては早急に善処するよう連絡した。
(四) そこで、原告は同年八月八日被告に対し右各通告書の即時撤回および陳謝を求める旨の逆警告書を送付した。
しかし、これに対し被告から特段の回答がえられなかつたため、やむなく同年八月二九日本訴を提起するに至つた。原告と訴外両会社との間の取引関係は本訴提起後は一応従前の状態に復した。
以上の事実が認められる。
右認定事実によると、原告は被告の違法行為によつて会社としての名誉信用を損なつたことは明らかであるが、幸い被告の通告先が原告にとつて主要な取引先であつたとはいえ二社に限定されており、他には流布されておらず、右二社も暫時イ号物件取引を手控える措置をとつただけで、その後は旧に復していることが認められる。
これら諸般の事情をあわせ考えると、原告が被告の前記違法行為によつて蒙つた無形の損害を金銭に評価すると、それは金三〇万円をもつて相当であると解する。
なお、本件で顕出された証拠によると、本件の場合、かりに被告の違法行為の内容、態様を前示のような不正競争行為という観点からのみ把握するのではなく、いわゆる人格権侵害の観点からも把握したとしても、そこで認定されうる具体的事実自体は前示の事実と異なるところはないと考えられる。したがつて、右のような観点をあわせ考慮しても、そこで算出される損害額は結果において前示の額を上廻ることはない。
また、被告は、双方の意匠の非類似性が明白な場合は原告やその取引先は少しも動揺しないから、原告に損害はない旨主張しているが、右主張自体独自の見解であるから採用することはできない。のみならず、前記認定事実によれば、原告およびその取引先二社が一定の限度ではあるが被告の通告行為によつて動揺を来たしたことも明らかである。
さらに、被告は被告がしたような通告行為は当業界においては慣行として認められている旨るる主張し、被告本人尋問の結果および当裁判所に顕著な事実によれば、一般に競争関係にあるこの種同業者間では、自己の工業所有権が侵害されていると判断した場合に被告がしたような通告をするのが通例であることはこれを認めることができる。しかし、右のような慣行があるからといつて、誤つた判断に基く場合の通告行為の違法性が阻却されるいわれはない。それは、たかだか諸般の事情として違法性の程度、損害額の判定上しんしやくするにとどまると解すべきである。
第三 結論
以上の次第であるから、原告の本訴請求中、(イ)差止を求める部分については、原告意匠が被告本意匠および類似意匠の二、三に類似し、右各意匠権を侵害する旨の虚偽事実の陳述、流布の差止めを求める限度で理由があるが(ただし、その表現はより正確を期するため一部変更)、類似意匠の一に関する同旨の差止請求については、被告が右の権利存在を理由とする不正競争行為をした形跡はないから失当であり、(ロ)損害金請求については金三〇万円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和五二年九月四日以降右支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるがその余は失当である。